聖書のお話 2026.01.25
【聖書箇所】詩篇23篇 【説 教 題】羊飼いと羊 【中心聖句】【主】は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。(詩篇23:1) 【説 教 者】黒田 明 【新 聖 歌】206飼い主わが主よ 聖書の中には、私たちの知っている動物がたくさんでてきます。たとえば、野生の動物ではクマ、ライオン、ヒョウ、オオカミ、キツネ、ジャッカルといったような動物。また人々の生活になくてならない運搬用の動物としてはロバやラクダやウマ、家畜としてはウシやヒツジやヤギといったような動物が聖書の中に登場してくるのです。ということで、今回は新約聖書の中に一番多く登場してくるヒツジ、そしてその世話をする羊飼いについてお話をします。 最初はヒツジについてですが…。ヒツジは他の動物たちと比べてどのような特徴があるでしょうか。思うにその最大の特徴は、数ある動物たちの中でもとりわけ弱い存在であるということではないでしょうか。というのも、ヒツジにはウシやライオンやワニなどのように尖った角や鋭い牙といったような戦いのための武器が何1つありません。それにカモシカのような素早い足、ハトのようなすばらしい方向感覚もありません。そのため、ときに肉食動物(クマやオオカミやジャッカルやワシ)、あるいは羊泥棒の格好の餌食になってしまうことがあるようです。 なお、イエスさまは私たち人間をこの弱いヒツジにたとえていらっしゃいます。そのようなことを言われると、私たちにとってはあまりうれしいことではありません。できれば、自分をライオンのように強い動物と思いたいのです。けれども、私たちに対するサタンの誘惑を考えると、私たちはヒツジのことを笑えません。サタンの誘惑に対して私たちは無力であり、すぐに誘惑に負けてしまうからです。サタンからしてみれば、人間を罪に誘惑することなど、まるで赤子の手をひねるようなものなのです。 さあ、そこでヒツジにとってなくてならない存在が羊飼いになるわけですが…。はたして、ヒツジを飼う羊飼いにはどのような働きがあるでしょうか。第1に、羊飼いには「ヒツジを導く」働きがあります。すなわち、羊飼いは土地に詳しく、どこへヒツジを連れて行ったらよいのかよく心得ているわけです。特に、ヒツジは方向音痴の動物ですから、時々とんでもないところに迷い込んでしまうことがあります。羊飼いはそんなヒツジの習性を知っている...