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聖書のお話 2025.03.23

【聖書箇所】サムエル記 第一 18:1~4 【説 教 題】ダビデとヨナタン 【中心聖句】友はどんなときにも愛するもの。兄弟は苦難を分け合うために生まれる。 (箴言17:17) 【説 教 者】黒田 明 【新 聖 歌】376如何に汚れたる      確か「イソップ物語」だったと思うのですが、こんな話があります。昔、あるところにふたりの若者がいました。ある日のこと、彼らはその友情のしるしとして、「僕たちは、どんなことがあっても、互いに助け合っていこう」と、それはそれは堅い約束をかわしました。さて、そんなふたりが山道を歩いていたときのことです。仲良く話をしながら歩いていると、突然、彼らの前に大きな熊が出没してきたではありませんか。すると、ひとりの若者はすかさず木に登ることができ、何とか難を逃れることができました。ところが、もう一方の若者は逃げ遅れてしまったがために、彼はとっさにその場で死んだふりをしたのです。  さて、そうしたところ、熊はそろりそろりと彼のもとに近づいて来ました。そして、彼に近づくなり、彼の耳もとで鼻をクンクンさせたり、大きな口を開けたりしましたが、その後、そろりそろりとその場を立ち去って行ったのです。  そこで、木の上の若者は急いで降りてくると、彼に近づくなり、こう言いました。「大丈夫か。無事でよかったな。ところで、先ほどの熊だが、もしボクの見間違いでなければ、熊は君の耳もとで何かささやいていたように見えたのだが…?」すると、彼は言いました。「そうねぇ、熊はボクにこう言ってくれたよっ! 危険が迫ってきたときに、自分だけ逃げ出してしまうような奴とは友だちになるな…、とねぇ。」  ところで、皆さんには親友がおられるでしょうか。職場の友人、隣近所の友人など、いろいろな友人がいるでしょうが…。ともかくも、どのようなときにも友と呼べる真の友、本当に心を通わすことのできる心の友をつくるとか、また自分もそうなっていくとか、そういったことは大変に価値あることではないかと思うのです。そこで今回は、ダビデとヨナタンの友情の記事を通して、神さまを信じる者同士の友としてのあり方はどうあるべきかを学んでみたいと思うのです。  さっそくですが、私たちがダビデとヨナタンの友情から学ぶことのできる第1のことは、「ヨナタンはその友のために犠牲を惜しまなかった」ということで...

写真2024.10.20

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                                                           ご 挨 拶   「人生は出会いで決まる」とは、ユダヤ人哲学者マルチン・ブーバーのことばです。人は誰と出会うかで、その人の生き方、人生が決まるというのです。 私の知る限り、イエス・キリストとの出会いによって、多くの人々が喜びと希望と感謝のある新しい人生に変えられています。 そこでいかがでしょうか。あなたもキリストにある新しい人生を私たちの教会で求めてみませんか。 あなたのご来会を、心よりお待ち申し上げております。                                        牧師:黒田 明