聖書のお話 2026.05.31
【聖書個所】ルカの福音書2:41~52 【説 教 題】少年イエスから学ぶ 【中心聖句】 イエスは神と人とにいつくしまれ、知恵が増し加わり、背たけも伸びていった。 (ルカ2:52) 【説 教 者】黒田 明 【新 聖 歌】423 村の 小さき 教会 かつて我が家の本棚には60巻からなる信仰偉人伝がありました。私はときどきそれらの本を引っ張り出しては読んでいました。というのも、伝記にはその人の業績だけでなく、その人の少年時代とか青年時代のエピソードも取り上げられていて、そこにとても興味をそそられたからです。 なお、今回はイエスさまの少年時代を扱うわけですが、実のところ、ルカが記録した今回のわずかなエピソード以外、聖書にはイエスさまの少年時代のことが何も記録されていません。そうです。イエスさまの誕生や公生涯の教えとみわざ、そして十字架の死と復活に関しては、聖書はより多くのページをついやしているのですが、イエスさまの少年時代のこととなると、あまり多くを語ってはいないのです。というわけで、今回は貴重なイエスさまの少年時代を取り上げることによって、私たちへの大切なメッセージを汲み取っていきたいと思います。 そこでまずは、42節をご覧ください。イエスさまが「12歳」のときとあります。調べによると、ユダヤでは5歳になると会堂付属の学校で律法を学びました。また、13歳になると宗教的な権利と義務を伴う「おとな」として扱われたものですから、12歳になるとその準備が 始まりました。というわけで、12歳になったイエスさまも過ぎ越しの祭りを祝うために、このとき、両親に連れられてエルサレムへとやって来たわけです。ちなみに、ナザレからエルサレムまでは約百キロ以上の道のりがあり、祭りの期間の一週間を合わせれば、二~三週間の長旅となります。また、神殿への旅は町ごと・村ごとあげての集団行動でもあったようです。 さて、多くの人々が行きかうその帰り道でのことでした。ふと気づくと、マリアとヨセフの息子イエスさまの姿がそこにありませんでした。両親は声を出して叫びましたが、どこにもいません。そこで彼らは来た道をあちこち捜しながらエルサレムにまで戻ることにしたわけですが…。当の本人はというと、神殿で律法の教師たちと論じ合い、「神理解」や「神認識」において、おとな顔負けの信仰問答をしていたというのです...