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聖書のお話 2026.09.20

【聖書箇所】Ⅰテサロニケ4:13-18 【説 教 題】死への心備え 【中心聖句】主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。(Ⅰテサロニケ4:16-17) 【説 教 者】黒田 明 【新 聖 歌】467世の終りのラッパ     今回、皆さんとともに考えたいテーマは「がん告知」ということになりますが、クリスチャンはこれをどのように理解し、また相談者に対してはどのようにアドバイスしてさしあげることができるかのを考えてみたいと思うのです。たとえば、次のような相談を受けた場合、私たちはこれにどのように受け答えすることができるでしょうか。すなわち、相談というのは次のようなものです。「知人のご主人が癌で半年ももたないと言われたそうです。知人は主人に知らせるべきかどうかと悩んでいます。どういうアドバイスをしてあげればよいでしょうか?…。」思うに、多くの人はその受け答えに非常に悩むのではないでしょうか。 そこで、まず考えておきたいのは「死、死ぬ」ということについてです。すなわち、明日のことすらわからない不確実性に満ちた私たちの将来ではありましても、ただひとつだけ確実なことがあります。それはいうまでもなく「死、死ぬ」ということです。しかも、誰であれ、これを免れることはできません。にもかかわらず、私たちは死を口にしたり考えたりすることは不吉なこととして、死を正面から見つめることをあまりしません。死ぬまで死のことは忘れていたいのです。けれども、死をそのような態度でとらえていたのでは、いつまで経ってもしっかりとした死生観を育てることはできないのではないでしょうか。 要するに、癌を告知すべきかどうかは、当事者たちが死をどれだけ見つめ、どのような死生観をもっているかにかかっていると言っても過言ではないと思うのです。なお、そのような意味ではキリスト教を土壌として比較的しっかりとした死生観をもっている欧米人は、大半が告知すべきだと考えているようです。一方、死を見つめたがらない日本人はというと、告げない方がいいと考える...

写真2024.10.20

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                                                           ご 挨 拶   「人生は出会いで決まる」とは、ユダヤ人哲学者マルチン・ブーバーのことばです。人は誰と出会うかで、その人の生き方、人生が決まるというのです。 私の知る限り、イエス・キリストとの出会いによって、多くの人々が喜びと希望と感謝のある新しい人生に変えられています。 そこでいかがでしょうか。あなたもキリストにある新しい人生を私たちの教会で求めてみませんか。 あなたのご来会を、心よりお待ち申し上げております。                                        牧師:黒田 明