聖書のお話 2026.03.01
【聖書箇所】ヨハネの福音書13:1~15 【説 教 題】神と人とに仕える 【中心聖句】しかし、あなたがたの間では、そうであってはなりません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。 (マルコ10:43) 【説 教 者】黒田 明 【新 聖 歌】404 日本でも海外でも、またいつの時代でも、権力者は命令1つで人を動かしてきました。強い者が弱い者の上に立って人々を支配してきたのです。日本の戦国時代を例にとってみると、多くの大名たちがこぞって「我、天下を統一せん」と豪語しては、戦いを繰り広げてきたわけです。そして、そのためにはときとして肉親同士がいどみ合い、争い合うこともあったというのです。では、彼らはなぜそこまでして相手を押しのけ、相手に勝とうとまでしたのでしょうか。思うに、「人の上に立つ」というところには非常な名誉があり、逆に「人の奴隷になる」というところにはこの上もない屈辱があるという価値観があったからではないでしょうか。 なお、こういった「主導権争い」、「競争心」といったようなことは何も戦国時代のことだけに限ったことではありません。現代の私たちにとってもそれはしかりであり、子どもたちにとってもまたそれはしかりではないでしょうか。たとえば、公園にある1台のブランコを巡って、誰が先にのるかという主導権争いをしている子どもたちの光景を誰もが目にしたことがあると思うのです。要するに、人間誰しもが、子どものうちから「人に勝つ」、「一番になる」、「一等賞の山を築く」…、そういったことに価値を置く考え方に染まっているのだと思うのです。もちろん、だからと言って私は人間の向上心を否定し、また軽視しているわけではありません。私たちにとって、「切磋琢磨」しながらがんばることは大事なことだと思っています。けれども、一方において人間には自己中心的なところがあり、かつ自分の力で無理やりに人を支配しようとする傾向性がどうしてもあって、そのために私たちの人間関係はぎすぎすしてしまっているのではないかと思うのです。 さあ、そこで今回の聖書のお話は、イエスさまが弟子たちの足を洗われたという、有名な「洗足」のところになります。さっそくですが、人が集団になると必ずといってもいいくらいに起こってくる暗黙の問いかけがあります。それは、「自分たちの中で、いちばん偉いの...