聖書のお話 2026.10.25
【聖書箇所】創世記28:10~22 【説 教 題】天からのはしご 【中心聖句】わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。(創世記28:15) 【説 教 者】黒田 明 【新 聖 歌】507山路越えて 今回は、住み慣れた故郷ベエル・シェバを離れてハランへと旅立ったヤコブについてのお話になります。思い出してください。ヤコブはどうして自分の生まれ故郷を離れ、逃げるようにしてそこを出て行かなければならなかったのでしょうか。それは、兄エサウが受けることになっていた特別な祝福を彼が奪ってしまったからです。しかも、卑劣な手段を使って彼はそれを手に入れたものですから、兄エサウにとってはたまったものではありません。横取りされてしまったことへのくやしさ、弟ヤコブへの恨みや激怒…。そういった悪い感情が彼の心の中でもやもやと膨らんでいき、やがてはそれが弟ヤコブへの殺意へと変わっていったのです。そこで「これはただごとではない」と察した母リベカが、愛するヤコブの身の安全を考え、夫イサクとも相談の上、彼を遠く離れた自分の兄ラバンのもとへと旅立たせたのです。ヤコブにとってはひとりぼっちの逃避行の旅が今まさに始まったということです。 ところで、11節をご覧ください。どうやら彼は見知らぬ地、人里離れた場所へとたどり着くわけですが…。すでに日は沈み、あたりはもう真っ暗になっていました。もしかすると、遠くから獣の鳴き声が聞こえてきたかもしれません。はたして、ヤコブはこのときどんな気持ちだったでしょうか。思うに、兄エサウと父イサクをだましたことへの後悔やエサウが追いかけてきては自分を殺すのではないかという恐怖…、さらには自分の将来はどうなっていくのだろうという不安が入り混じっていたに違いありません。 けれども、こういったことを通して、実は彼は初めて自分自身と向き合う時間を十分にもつことになっていくのです。ご承知のとおり、主イエスさまのたとえ話に登場してくる「放蕩息子」もそうでした。彼は父のもとを離れては放蕩に放蕩を重ねてきたわけですが、すっからかんになり、金の切れ目は縁の切れ目と言われているように、ついに彼はひとりぼっちになってしまうのです。しかし、彼はこういったことを通して、初めて自分自身と向き合う時間を十分にもつようになったわけです。 ...