聖書のお話 2026.04.19
【聖書箇所】Ⅰテサロニケ4:14
【説 教 題】イエスの死と復活(復活の希望)
【中心聖句】イエスが死んで復活された、と私たちが信じているなら、神はまた同じように、イエスにあって眠った人たちを、イエスとともに連れて来られるはずです。(Ⅰテサロニケ4:14)
【説 教 者】黒田 明
【新 聖 歌】252安けさは川のごとく
ある人が言いました。「人の一生には、3つの大きな行事がある」と…。すなわち、1つめは「誕生」、2つめは「結婚」、そして3つめは「死」、死ぬということだそうです。なお、最初の2つ、つまり「誕生」と「結婚」に関しては、それは大変に喜ばしいことですから、人々は前々からその準備をはじめます。ところが、「死」ということになると、どういうわけか、そのほとんどの人が何の準備もしていないというのです。しかし、死は私たちが考えなければならない重大なテーマの1つではないでしょうか。
釈迦という人は、人間には4つの悩み、苦しみがあると言いました。1つめは「生きること」。生きることそれ自体が悩みだ、苦しみだと言いました。2つめは「老いること」。これもまた悩みだ、苦しみだと言いました。それだけではありません。3つめは「病むこと」。これもまた悩みだ、苦しみだと言いました。そして釈迦は最後に、「死ぬこと」。これもまた悩みだ、苦しみだと言ったというのです。要するに、偉大な聖人と言われた釈迦にとって、死は人生の大きなテーマの1つでもあったのです。
釈迦だけではありません。ドイツの哲学者にカール・ヤスパースという人がいましたが、彼は次のようなことばを残しています。すなわち、「人間にはどうしても解決できない問題が4つあって、それは争いだ、悩みだ、罪の意識だ、そして最後は死だ」と…。つまり、哲学者であった彼にしてみても、死は人間にとって解決不可能な問題の1つでもあったのです。
また、イギリスの作家にサマセット・モームという人がいましたが、やはり次のようなことばを残しています。すなわち、「世の中には、絶対に間違いのない統計が1つ存在する。それは人間の死亡率が100パーセントだという統計である」と…。さらには、現代のお医者さんなら、こう言うのではないでしょうか。「日本人は、ガンにかかるか、脳卒中になるか、あるいは心臓病で倒れるか、この3つの中のどれかを選ばなければならない。たといそれらを逃れることができたとしても、交通事故が待っている」と…。
要するに、私は何を言いたいのかというと、確実に訪れてくるこの死という問題に対して、私たちは本当に心の準備ができていると言えるだろうかということです。たとえば、職場や学校などでは火事に備えて、毎年、火災訓練をします。火事に遭遇しないですむ人の方が多いにもかかわらず、私たちは火災訓練をするのです。だとするなら、例外なく訪れるこの死という問題に対して、私たちはどうして心の準備なしに、毎日を過ごすことができるでしょうか。
ところで、人間にはなぜ死があるのでしょうか。それを知る手がかりは聖書の中にあります。たとえば、ロマ書5:12には「そういうわけで、ちょうどひとりの人(アダム)によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がった」とあります。また、ロマ書6:23でも「罪から来る報酬は死です」と教えています。要するに、すべての人間を「生、しかし死」という枠の中に閉じ込めたのは、そもそもが人間の犯した罪の結果だと、聖書は言っているのです。しかも、人間とは死に対して何とみじめな存在でしょうか。病院の病室に「4」という番号がないことからもわかるように、私たちはできればそういった死という現実を避けたいし、考えたくないし、またふれたくもないのです。けれども、「生、しかし死」という人生の基本図式から逃れることのできる人はひとりもいないのです。
ところが、そんな私たちのために愛の神が救いの手を差し延べてくださいました。ひとりの救世主、すなわちイエス・キリストをこの地上に送ってくださり、私たちのための、また私たちに代わってのキリストの十字架の死と、また神によるキリストの復活とが、「死、しかし勝利」「死、しかし永遠のいのち」という新しい人生の図式を私たちにもたらしてくれたのです。ということは、どういうことが言えるでしょうか。イエス・キリストを信じる者にとっては、もはや死は恐ろしいものでもなければ、敗北でもなく、かえって栄光の輝きに満ちたもう主にお会いすることができる…、言わば「死とは永遠への扉にしかすぎない」という理解がうまれてくるわけです。そればかりではありません。キリスト者には、すでに主を信じて召されていった愛する者たちともやがてそこで相まみえることができるという希望が与えられてくるのです。
ところで、皆さんはアメリカの裕福な実業家だったホレーショウ・スパフォードという人をご存じでしょうか。「静けき河の岸辺を」(新聖歌252「安けさは川のごとく」)という有名な賛美がありますが、この詩を書いたのは、彼なのです。彼は信仰の篤いキリスト者でした。彼には妻アンナと1人の息子、4人の娘がありました。また、大衆伝道者として名高いドワイト・ムーディーとも親交がありました。
さて、そんな彼の家庭に、突然の不幸が訪れました。1871年のシカゴ大火によって彼の事業が経済的に大きな損害を受けたのです。また、同じ頃、4歳の独り息子がショウコウ熱で天に召されてしまったのです。しかし、そのような辛い中にあっても、彼と妻は2年間、大火によって被害を受けた人々のために財と時間を費やし、多くの人々に助けと励ましを与え続けたというのです。
ところで、1873年のことです。彼と彼の家族はヨーロッパで休暇を過ごすことにしました。彼はイギリスでクルセードを行なっている友人ムーディーと会って後、ヨーロッパ大陸を訪れる計画を立てていたので、フランスの汽船ビラ・アーブル号の席を家族分予約していたのですが、出発直前になってスパフォードだけが仕事のため急にシカゴに戻らなければならなくなりました。こうして、彼の妻と幼い4人の娘たちとは先へ行き、自分はあとから別便でヨーロッパへ向かうことになったのです。
11月21日の夜、ビラ・アーブル号はニューヨークから出航しました。ところが、その翌日の深夜2時頃、北大西洋を航行中に、彼らの乗った船はイギリスのロウシェアーン号と衝突し、たったの12分で沈没してしまいました。そのため、スパフォードの妻と4人の娘たちも他の乗客たちと共に暗い海に投げ出されました。幸い、妻のアンナは救助され無事でしたが、4人の幼い娘たちはそのまま行方不明になってしまったというのです。この大惨事によってビラ・アーブル号の307名の乗客・乗務員のうち、実に226名が命を落としたのです。
12月1日、スパフォードは彼の妻から「私ひとりだけが助かりました」との悲報を受け取るのですが、その夜は一睡もできず、夜が明けると急いで妻の待つヨーロッパに向かったそうです。その航海中、スパフォードの乗った船の船長は、彼を船のデッキに呼び、こう言ったそうです。「今、ちょうど私たちはビラ・アーブル号が難破した地点を通過しています。水深3マイル(4800メートル)はあります」と…。そのとき、彼の心は愛する娘たちを失った深い悲しみに打ちひしがれていました。しかし娘たちを呑み込んだ大海原を見つめているうち、やがて彼の心に不思議な平安が訪れました。それは神から来る平安であり、同時にそれは「娘たちとは天国でいつか必ず再会できる」という希望でもありました。そこで、その夜、彼は船の客室で1つの賛美歌を書き上げました。それが、多くの人に愛され歌われている「静けき河の岸辺を」だったのです。
以上のようなわけで、私たちはきょう、復活にこそ、真の希望と力があるということを覚えておきたいと思うのです。